離婚して後悔したこと

離婚後の生活は苦しい!当てにしていた児童扶養手当がもらえず困惑

まずはじめに、離婚時は旦那54歳、私47歳、結婚年数は18年で子供は2人です。離婚原因は少し複雑です。離婚に至るまで色々とありました。自身の浮気。旦那との生活上での不一致。今で言う旦那からのモラハラ等々です。

旦那からの度重なる「出ていけ」に我慢の限界

年数を重ねていくうちに旦那から「出て行ってくれ」と言われるようになり、それでも子供も二人いるし、私はフルタイムだがパートで時給給与でしか収入がないので我慢していました。

でも、旦那から「出ていけ」と頻繁に言われるようになると、子供から「いつ離婚するの」「もういいんじゃない」と後押しがありました。ある程度大きい子供たちなので離婚したらどうなるか、子供たちにも協力してもらうことが必要なことを話し合い離婚を決意しました。

何度となく旦那から言われていた言葉「出て行ってくれ」それが「頼むからもう出て行ってくれ」と言われたので、これ以上我慢できないと「出ていきます」と言葉を返しました。

まずは子供たちと一緒に住む家を探しました。家探しは意外とすんなりと決まりました。いざ出て行くとなったとき、旦那の態度が一変しました。出て行くなと言い始めました。でも覚悟して決めたことなので、私の意思は変わらず出ていきました。

旦那が離婚を拒否。思うように話が進まず離婚調停に

旦那が出て行くなと言い始めてから離婚まで時間かかりました。離婚届けは旦那が準備し記載もしていましたが、私が出て行くと決意したら旦那はその離婚届けを破り捨てました。家を出て、今度は自分で離婚届け用紙をもらいに行き、記載して旦那に渡したがそれには応じずでした。

頃あいをみて離婚に応じてもらうよう話しましたがなかなか進まず、生活も苦しいので離婚調停に持ち込みました。別居中は旦那から生活費をもらっていたわけでもないので。離婚調停に持ち込んでからは割と早く解決しました。別居中の生活費の申し立てをしたのもよかったのかなと思います。

慰謝料なし、養育費なし、財産分与、旦那の年金分与もなし。親権は私。ただし子供の籍は旦那のところに残ったままです。自分の姓は元に戻しませんでした。色々と手続きが面倒だし子供の籍は旦那ところにあるので子供と自分の姓が違うというのも面倒なので。

離婚後に後悔しないよう、前もって手当や補助金の調査をすべき

晴れて離婚成立してからは心は晴れましたが生活は苦しいです。ひとり親制度で子供(18歳まで)と自分の医療費は助成されるのでそれはよかったのですが、児童扶養手当で補助が出ると思っていた金額が満額出なかったのは誤算です。前年度、子供は誰が扶養していたかで金額が決まってしまうのです。

ほとんどの家庭は男親のほうに子供を扶養すると思います。私の家庭もそうでした。離婚成立し申請をすると、「前年、私の扶養は0人。だから手当は減額になります」といわれました。聞いてビックリ!そんな事調べた時書いてない。

離婚して生活が厳しいからの手当のはずがなぜ前年自分の扶養が0人だからって減額されてしまうのか。私に全く収入がないのであれば満額だったでしょうけどなんで??年度が変われば満額手当という状況で生活は苦しい状況。最初調べて計算したのが崩れてしまいました。

離婚を考えている方はできるなら離婚後の生活のことを考えてください。生活費はどうするか、子供がいる場合は手当があるのかないのか。その手当は離婚後すぐの場合いくらぐらいなのかと調べたほうがいいと思います。とはいってもそう言ってられないかもしれませんけど。私は離婚ということには後悔してないですが、生活という面では後悔するときがあります。